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短期大学だからこそ、
進路を選ぶ余白がある。

短期大学部造形学科美術コースで教鞭をとる山本雄三先生。ご自身も作家として活躍をされていますが、実は高校3年生になるまで、進路を美大にしようとは思っていなかったのだそう。
「父が教員を辞めて絵描きになった人なのですが、逆に僕はずっと教員志望だったんです。僕たちの時代って、熱血漢の先生が登場する学園ドラマがすごく流行っていたんですよ。ミーハーなのでそれに影響されて(笑)。学科もなんでも構わないと思っていたのですが、父の影響で絵は描いていたので美大を志望しました」。

父・山本惠三さんの画集

その後、念願の美術大学に合格し、学部、大学院ともに油絵を専攻されたそう。卒業後は、画家として活動しながら一般企業に勤務。5年ほど勤めたのち、改めて作家として生活の中心を制作しやすい環境へ戻すために脱サラをし、カルチャースクールの講師を15年ほど経て、再び高校生の頃に思い描いていた教員の道へ進むことに。そんなユニークな経歴を持つ山本先生ですが、女子美の短期大学の一番いいところは「2年後が自由になるところ」だと話してくれました。
「4年制大学の学生は、たとえば入学前から『私はデザインでこういうことがやりたい』というように明確な目標があって、それに即した訓練をされて入ってくる人が多いように思います。女子美の短期大学部にもそういう学生はもちろんいますが、絵を描くことや、アニメーション、マンガにただ興味があって、漠然と美術大学で学んでみたいと思って入学してくる人もとても多いんです」。造形学科美術コースのカリキュラムは、1年前期で基礎造形を学び、後期から美術コースとデザインコースに分かれるという特徴があるそう。「いろんなことを学んだ上で自分の進路を考えられる余白があるんです」。
いろいろな思いを抱いて入学してくる学生が多い分、卒業後の進路も幅広いようです。
「教員もいれば、舞台美術、ゲームデザイナー、イラストレーター、一般企業で雑貨をデザインする仕事に就く人など多岐に渡ります。もう少し研究を続けたいということで専攻科に進む人や、女子美の4年制の学部に編入する学生もいます。学士認定の評価を取って、そこから改めて国立の大学院に行く学生もいますね。短期大学だからこそ、選べる選択肢は多いと思います」。

対面でも、オンラインでも、
学生の行動の奥を見て接したい。

2020年度は、コロナ禍のため大学も大きく影響を受けました。女子美でもオンライン授業が導入され、学生は自宅からの受講が日常に。
「やはりどの大学でも問題になったのは、大学に通うことで送れるはずの充実した学生生活を、オンラインでどうカバーするかという点です。女子美でも感染対策の観点からなるべく家の外に出ないで受講してもらうことになったため、まずは大学側がパソコン代や通信機器にかかるお金をフォローしました。加えて、授業で使う実技の材料もほとんどを大学からの支給にしました」。
手探りで始まったオンライン授業。授業の準備はなかなか大変だったそうですが、逆にオンラインゆえのメリットもあったのだそう。
「学生もオンラインで主体的に授業に参加してくれました。授業形式としては、制作の途中経過を授業ごとに見せてもらい、それに対して画面越しにコメントを伝えるか、チャットを利用してテキストで返す。それを毎日繰り返していくかたちで進めました。結果的にですが、卒業制作を見た限りは例年と遜色ない仕上がりか、人によってはむしろいい作品が仕上がってきたんです」。

学生と接するときに大切にすることは、オンラインでも対面でも変わらないと、山本先生は語ります。
「学生となるべく話をして、学生の考え方や行動の奥にあるものを理解した上で接したいと思っています。とはいえ、一人ひとり育ってきた環境が違いますし、年齢的にも、ジェンダー的にも僕ひとりでは理解しきれないところもある。なので美術コースの研究室では、学生に年齢の近い助手の先生と連携し、研究室全体で情報を共有して、学生をフォローする努力をしています」。

山本先生から見た、女子美の学生のもつ雰囲気について尋ねると、「毎年必ず、物怖じしない学生が何人かいて嬉しいですね」とのこと。「学生たちにはのびのびと、自分の思ったことを行動に移してもらいたいと思っています。入学後からすぐにみんなの先に立って、いろいろと行動してくれる学生は大歓迎です」。
キャンパスの雰囲気については、こう付け加えてくれました。「教員も職員も、女性比率が高い印象です。学生生活を過ごすなかで、キャリアを考える上でもお手本になるような方との出会いが多いと思いますよ」。

希望の進路も、表現手法も、
どんどん変化していくもの。

山本先生は、卒業後のことを心配しながら入学してくる新入生に向けて、必ず授業で話すことがあるそうです。
「『人生を今のうちから決めたって、必ず思い通りにうまくいくかはわからないよ』と。僕自身、教員を目指し、その後企業に勤めて、回り回って今教職に就いています。作品もそう。今、僕が描いている作品はほぼ油彩ではなく、鉛筆や木炭、インクを使ったもの。仕事の後でも思いついたらすぐ画面に向かいたくて、時間に制限のかかる油絵からテンペラのような工程速度が明確な描き方に意識的に変えていったんです。そのうちそこそこ名前が世に出るようになって、忙しくにっちもさっちもいかなくなったときに、なかば苦肉の策で今のようなモノクロの作品をコンクールに出品することになって。そしたら、それで賞をいただいてしまった(笑)。それ以前も油絵や混合技法で賞をいただくことはあったのですが、このとき、苦労しながら油彩で描く必要はないんだと吹っ切れたんです」。その年代でしかできないことを、そのときの環境下で許される限り、全力で努力をする。進路も、表現手法も、今考えていることはどんどん変化してもいい、というメッセージです。

山本雄三《7月のある朝》(F100号/2010)

だからこそ、これから女子美を志望する受験生の皆さんには、常識に囚われないでほしいと続けます。
「これは毎年思っていますが、自分の考えていることを思いっきりやってくれる、型破りな学生に会ってみたいですね。たとえば、今はメディアに顔を出さないで歌唱力だけで聞き手を魅了するアーティストが増えていますが、数年前は考えられませんでした。時代はどんどん変化しています。常識を覆すようなパワーを持って、僕たちが想像できないような力を発揮してくれる生徒さんにぜひ入学してほしいという期待があります」。

言語という壁がないことが、
絵画表現の強み。

学生からは、いつも刺激を受けていると語る山本先生。女子美には先生も学生も、お互いに学び合う良い循環があると言います。
「僕たちがまったく想像していないことを試す学生が多いので、ほぼ毎日『いい勉強になるな』と思っています。そんな学生を見かけたら、『このアイデア、参考にさせてもらっていい?』って聞くこともあるんですよ。たまに怒る学生もいますが(笑)。OKだったら周りの学生に紹介し、自分の作品でも試してみたりしますね」。
最後に、山本先生の考える、これからの絵画表現の可能性や魅力について教えてくれました。
「落ち込んでいる人に寄り添ったり元気づけたりと、いろいろなかたちで人々の心と融合していく、という側面がアートにはあります。なかでも絵画表現は、歌や映画、アニメーションと違って、言語がいらないというところが最大の魅力ではないでしょうか。グラフィティ・アーティストのバンクシーもそうですが、言葉がいらない分、ストレートに世界中にメッセージを伝えることができるんです。逆を言えば、言語を使わずに伝えなくてはいけないところに絵画の難しさもある。言葉は聞けばわかるし、文字は読めば理解できるので、気持ちが入りやすく陶酔しやすいメディアだと思います。そこを、絵画という表現手法でどうやって乗り越えていくか。それをずっと考えながら描いています」。

教員としてこれまで培ってきた技術・経験を学生に伝えるかたわらで、作家として新しい作品を発表しつづけている山本先生。オンラインで取材をさせていただいた際には、アトリエの壁に次の個展で発表する作品がいくつも並んでいました。「人生は何があるかわからないけれど、どんなキャリアも作品に生かすことができる」。そんな先生のメッセージは、ご自身の経験があるからこそ説得力を持って響くのですね。

※2021年2月に取材したものです。