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「女子美の先生」は
他の大学教授と一味違う。

美術学科日本画専攻の村岡貴美男教授は、2016年から2018年までの非常勤講師を経て、2019年から現職に就任。実際に女子美で教え始めたときの感想を「思っていた通りのびのびした学校でした」と振り返ります。自由で息苦しさがなく、何より面倒見がいい大学だと感じたそうです。
「女子美はカリキュラムがものすごく豊富です。日本画だけでも選択肢がとても多いし、それに関わる先生も多種多様。だから、学生に対していろいろな視点からアドバイスができる人たちが揃っているんですね」。

女子美での教員生活を始めてから印象的だったことを伺うと「学生も先生も“女子美愛”がすごく強い人が多いんです。初めて女子美祭に参加したときはあまりの愛情の強さに溺れるかと思いました」と笑顔に。なぜそんな校風が生まれるのでしょうか。「ひとつには、先生の面倒見の良さが学生に伝わるんだと思います。それで学校を好きになった学生がまた先生になったり、OBになってその子どもがまた女子美に入学したり、そういうふうに女子美愛が強くなっていったのかなと思います」。

日本画専攻には「専門的な知識を学びたいと望めば、どんどん深く掘り下げられる環境がある」のだそう。
「例えば、学部の4年間でもっとも専門的な模写の知識が学べるのは女子美だと思います。伝統的な学習法である古典模写に力を入れているので、『鳥獣人物戯画』『山水長巻』『扇面古写経』などの模本を教材として使用します。とても貴重な資料をよく観察することで、描写に関することだけでなく、紙、絹などそこに使われた素材の研究もできます」。

『鳥獣人物戯画』甲巻より(部分)
『鳥獣人物戯画』甲巻より(部分)[ウィキメディア・コモンズより]

女子美の構内には、専用の機械を使って鉱石などを細かく砕くことで、日本画特有の画材である岩絵の具を作ることができる「顔料創造ファクトリー」があります。こうした設備の揃っている大学は、全国でも非常に限られているそう。共通工房の紙漉きの工房では、紙を原料から作る実習なども行います。「長い時間、ときに一生をかけて向き合う日本画の魅力が伝わるのではないでしょうか」。興味さえあれば絵の具や和紙など素材まで掘り下げて学べる女子美ならではの環境について、村岡先生はそう語ります。

岩絵の具の制作風景

各学年50人ほどの日本画専攻には留学生もおり、特に中国からの学生が多いそうです。「海外から見ても、女子美には貴重な設備が揃っていると思います。歴史を辿れば日本画も中国から伝来したものですが、今の日本画に残っている技法が中国では学べなくなってきています。そのため、女子美で日本画を学んだ留学生たちが中国に戻って、中国の伝統的な絵画の指導者になることもあります」。

日本画を学び始めるとき、
「才能がない」はないんです。

村岡先生が自ら学生を指導するときは、どのような指針を持っているのでしょうか。「なるべく多くの選択肢から選べるようにしています。『僕はこう思う』という考えを挙げつつ、他にこんな考え方もあるし、こう考えてもいい……というふうに、いろんな角度から発想する手助けをする感じ。こうしなければダメという押し付けはしません。僕も制作では理論や理屈で画面を組み立てるので分析や解説を重視します。例えば構図や画面構成、色の面積比などは勘で絵作りしないようにしています。見る人が画面の中で視線を移動させていく視覚の誘導順序につながっていくことなので、なぜそうしたのか人に説明できないといけないと思っています」。

20年以上日本画の指導を続けてきた現在でも、教えるのは難しいと感じることはありますか? と伺うと「もちろんありますよ。特に重要なのは、自分の好き嫌いで作品の良し悪しを決めないことです」とのこと。「僕自身は好きじゃないと感じても、作品が客観的に良いものであれば認めて評価しないといけません。そうでなければ受け入れられる学生の幅が狭まって、日本画の可能性も広がらなくなります」。

入試の選考などのときには、どのような学生との出会いを期待されるのでしょうか。「デッサンや着彩で基本的な形を取れているか、色を再現できているかも大事ですが、熱意のある作品がいいですね。本人の『受かってやるぞ』という意志が見えるような……。予備校ではどうしても欠点をなくすための指導になりがちですが、大学側は学生の長所を伸ばしたいと考えています。だから欠点があってもいいので、長所をしっかり見せてほしいです。過去に予備校で教えていたときの教え子の中には『私には才能がない』と言う生徒もいましたが、ある程度は訓練でなんとかなります。特に大学へ入学する段階では、才能なんて気にしなくていいと思いますよ」。

教職に加え、作家活動にも精力的に取り組む村岡先生。「女子美に出勤する日は、帰宅してから夜中か明け方まで制作。出勤しない日は一日中制作。土日も制作。音楽家やアスリートと同じようなものですね。アスリートが毎日のトレーニングで身体づくりをするように、毎日制作を続けることが、自分の脳や体質を絵描きたらしめてくれるのだと思います」。そのストイックな背中を見て、日本画専攻の学生たちも制作への姿勢を学ぶのでしょう。

学生の思わぬ表現から、作家として刺激を受けることもあるのだそうです。「日本画について詳しく知らないがゆえに、学生はすごく思い切ったことをすることがあります。本人は意図していないことでも、僕は長く制作を続けるうちにそこまで大胆なことをしなくなっていたりして、自分を振り返るきっかけをもらっています」。

社会人をやってみて
絵なら一生続けられると感じた。

村岡先生は、伝統的な技法と西洋絵画的なエッセンスを融合させた日本画や、半立体や彫刻作品など、独創的な作風で多くの人を惹きつける第一線の作家でもあります。村岡先生自身が日本画を学ぼうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

「小さい頃からずっと美術は好きでしたが、特に将来のことまで考えていたわけではありませんでした。しかし高校卒業を控えたころ、美術の先生に知り合いのデザイン事務所を紹介してもらって働くことになったんです。そこの先生がデザイン事務所を運営するかたわら日本画を描いていて、叩き筆を使った箔押しの作業などを手伝ううちに『面白いな』と日本画を意識するようになりました」。

まるで伝統工芸の職人との出会いのようなきっかけです。日本画に興味を持ち、東京藝術大学を受験すると決めた村岡先生は、20歳で上京。受験勉強に挑んだものの「周囲の受験生はみんな高校生のうちからデッサンなどの勉強を始めていますから、それに比べると僕は上手じゃなくて、一度は諦めて地元の京都に帰っていました」といいます。

「その後、またしばらく働いてみたのですが、そのときの仕事のしんどさと、絵を描いたり手を動かすことのしんどさなら、一生続けられるのは絵の方だなと感じたんです。一度は嫌になった受験に、もう一度挑戦しようと思えました」。数年の社会人経験を経て、東京藝術大学美術学部の日本画専攻へ入学した村岡先生。「絵なら一生続けられる」という直感は入学してすぐ確信に変わり、「日本画を続けていこう」と決めたそうです。

制作に没頭した学生時代
それでも時間が足りない。

「学生生活は真面目でしたよ。食べる時間と寝る時間、少しのアルバイト以外はどっぷりと制作漬けでした。学校では課題、帰ってからは個人の制作。学部から大学院の修士課程・博士課程を合わせて9年間大学で学びましたが、基本的にずっとそんな感じです」。

日本画は画法だけでなく、使う絵の具や紙や道具も独特です。絵を描く技術を習得するかたわらで、そうした画材の使い方や特性を学びます。夢中で学習し制作を続けていても、村岡先生は「学部生の4年間は基礎を学ぶだけで精一杯でした」と語ります。基礎から先の段階へ進み、自分の描きたいものをイメージ通り描けるようになるまでは時間がかかったそう。
「描きたいものを自分なりに掘り下げて描けるようになったのは、博士課程の3年目ぐらいでしょうか。学部生の4年間で基礎を身につけて、修士課程の2年でテーマ探しや自分の技法を探って、その後ようやく今の作品に繋がるルーツのようなものができました」。博士課程では、初めて紙ではなく杉板に彩色を施した作品を制作。すると平面作品にはない立体感が生まれたといいます。
「僕は今後も日本画に主軸を置いて平面作品を中心に制作をしていくつもりですが、平面だけでなく、ひとつの物体としての存在感や魅力を持たせる方法を模索しています。そのなかで、選択肢のひとつとして立体作品も制作しています」。
2000年に大学院を満期退学。東京藝術大学日本画研究室の助手などを経て日本画の教育に携わるかたわら、作家として現在まで毎年のように個展を開催したり、グループ展への出展を続けています。

村岡貴美男《凪の国》(2017)
村岡貴美男《凪の国》(2017年)
村岡貴美男《まじないの象》(2019)
村岡貴美男《まじないの象》(2019)

ゆっくり、アナログ、曖昧。
だから日本画は楽しい。

作家として、教員として、日本画とともに歩み続けている村岡先生にとって、日本画という表現の魅力はどこにあるのでしょうか。
「情報に溢れている今の世の中で、流行を生み出そうと思うなら、柔軟に最先端のことを学んで素早く行動して、流行の先を走る必要があるでしょう。でも、日本画はある意味で真反対な存在です。ものすごくアナログで、不確実。絵具ひとつとっても、同じ色を同じように塗ったのに同じ発色が出なかったりと、均一な制御が効きません。日本画を好きになるとそんな未知数の含みがすごく面白いものです」。
そしてこう続けます。「長い時間をかけて昔から変わらない技術を習得して、また長い時間自分自身と向き合い、時代にも流行にも振り回されない作品を作る。そうして自分を見つめ、深める機会は今あまりないからこそ、大事なことだと感じます」。

大学という環境で日本画を学ぶことの意義について尋ねると、「日本画は海外では学べない、日本独自の芸術です。今はインターネットでなんでも調べられるので、日本画の技法についても驚くほど詳しいことが分かったりします。それでも人から教わらないと加減が分からなかったりするので、そういう意味でも大学で専門的な教育を受ける価値はあると思います」と力説。

卒業後は作家を目指す学生も就職を選ぶ学生もいるなかで、日本画専攻出身者の特徴はありますか? と伺うと、「何年かに1人は漫画家になる学生がいるのが面白いですね」とのこと。近年はゲーム業界を就職先に選ぶ人も多いそうです。「日本画は『骨描き』といって、線描で形を取ることから制作が始まります。色を取り払って立体のものを平面に描き起こす技術は漫画と親和性が高いのかもしれません」。鳥獣戯画などが漫画やアニメのルーツだと言われるように、日本画とそうした分野との共通点の多さを改めて実感させられます。

最後に村岡先生から、女子美の受験を考えている受験生の皆さんへメッセージを頂きました。

「女子美には自由な校風と幅広く、深く学べる豊富なカリキュラムと、面倒見のいい先生が揃っています。苦手意識を持ったり、自分には無理かなと思わず、女子美に来て日本画を学んでみてほしいです」。

日本画専攻のアトリエにお邪魔すると、一人ひとりの学生に声をかけ、作品について熱心に話し合う村岡先生の姿がありました。肩を並べて考えて、じっくりと自分に向き合う「女子美の日本画」らしさが目に見える空間でした。

※2019年11月に取材したものです。