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楽しかった付属高校。
でも卒業制作は大荒れ。

「絵のことは、高校時代に恐ろしいぐらい叩き込まれました」。女子美短大出身のお母さんからの提案をきっかけに、女子美の付属高校に入学した原さん。そこで待っていたのは、毎日何時間もデッサンや油絵と向き合う生活でした。

「付属高校は楽しかった。でも、最初にものすごいカルチャーショックを受けました。みんな己を解放しすぎていて、普通の公立中学から来た自分としてはギャップがあまりにもありすぎて。入学式で『あれ?みんな校歌歌わないの?』みたいな。そこから1年ぐらいかけて慣れましたね」。

進路選択の時期が近づくと、ほかの美大や大学への進学も検討しつつ、「最終的に女子美が一番しっくりくる」という結論のもと、洋画専攻への進学を決めたそうです。

ところが、高校での卒業制作では、担任の先生と大きく揉めたのだとか。「『大学に入るまでに、一回大きく失敗しておきたい』と言ったら、先生にものすごく怒られて。卒制の案で『これをやったら賞を獲れるよ』と先生に言われていた描き方があったんですけど、私はそれをやりたくなかった。先生にOKをもらわないと描き始められないんですけど、高3の冬休み前ごろになってようやく『もういいわよ、好きにしなさい』と言われて」。

限られた時間のなかでの制作は、原さんが愛する地元・埼玉県川越市で370年以上の伝統を持つ関東三大祭のひとつ「川越まつり」への、深いリスペクトを形にしようと試みたものでした。

“間接的”な表現ができるのが
版画のいいところ。

「その卒業制作で、油絵への関心というか、心残りがそこで一度吹っ切れたなと。そういう経験もあって、大学では版画コースに迷わず進めたのかなと思ってます」。
女子美の洋画専攻では、2年次以降、絵画と版画いずれかのコースを選択します。原さんが最終的に版画コースを選んだのは、ほとんど直感と偶然のめぐり合わせだったといいます。
「1年生のときに絵画コースと版画コースそれぞれの説明会があったんですけど、私、絵画コースの説明会の日に休んでしまって。版画コースの説明だけ聞いたら、それまで行く気はまったくなかったのに、いきなり『版画、最高じゃん!』と思い始めて」。

その一方で、こうも振り返ります。「それまで何年もキャンバスに油絵を描いてきて、“紙に描く”ということを疎かにしている自分に気がついて。職人さんから紙漉きを教わったり、そこに版画を刷る課題に取り組めることにも惹かれて、紙へのアプローチをもう少し見つめ直していこうかなと思ったんです」。

3年次の課題「模写」で制作した作品

版画コースで学びながら2年ほどが経過し、原さんは版画という表現の魅力をこう語ってくれました。
「おそらく高校のときから、作品に生々しく自分が出ちゃうというのが、ちょっと受け入れがたかったんですよね。でも版画って、直接絵筆で描くんじゃなくて、いったん版に置いてから間接的に描く感覚があるので、そこが自分に合ってるのかなと思います」。

1学年20人前後という版画コースの仲間同士では、焼き芋パーティーや講義室を貸し切ってのゲーム大会を主催したりと、アットホームな環境を楽しんでいるようです。

過去の自分の作品に、
改めて向き合う。

大学卒業後のプランについて尋ねると、「働きながら制作を続けていきたい」との答えが返ってきました。
「作り続けたほうが老けないし、長生きできそうだなと。入江一子さんとか、堀文子さんとか、女子美の出身の作家さんってすごく長寿のイメージがあるので、私も描き続けたらきっと健康で元気なおばあちゃんになれるかなって」。

 

現在は、女子美付属高校出身のメンバーで、学外でのグループ展を準備中。来年度取り組む大学の卒制を前に、高校時代の卒業制作を振り返ってみるという内容の展示にするのだそう。
「今は、改めて川越まつりの油絵を描き直している最中です。この3年間ずっと、高校の卒制を見るたびにイライラしていて……」。当時は時間が足りず不完全燃焼だったという作品に、ふたたび向き合っている原さん。
「私の主観は作品から完全に除外して、伝統をまっすぐ伝えていくために作りたい」と語る彼女の制作に対する信念は、版画を学ぶこの数年間の経験を経て、より揺るぎないものとなっているのでしょう。

※2019年12月に取材したものです。