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面接を一緒に受けたメンバーと
入学式で晴れて再会。

迷いのない瞳で、「卒業後は中学校の美術教員になりたい」と話す芝さん。そのきっかけに、中学時代の恩師の存在があるのだと話します。「中学のときに所属していたハンドボール部の顧問でもあった美術の先生の影響が大きくて。フレンドリーで生徒から慕われている姿を見て、いいなあって思ったんです。その先生も実は女子美卒なので、私は後輩になりますね(笑)」。

高校生になり進学先を考えていたある日、親戚と一緒に偶然遊びに来た相模原麻溝公園(※女子美相模原キャンパスに隣接する公園)から見えた女子美の校舎。「叔父に『お前はここに通うんだろ?』と冗談交じりに言われたんです。そこで美大というものがあることを知り、美術の教員免許が取れるんだとも知って。もともと美術が好きだったこともあり、すぐに資料を請求して、女子美の受験を決めました」。

AO入試に向けて通い始めた絵画教室ではデッサンの枚数を重ね、高校の先生とも1対1で水彩画や面接の対策をする日々。そんな努力が実り、合格。「集団面接が終わると、6人ほどいた受験生同士ですぐに仲良くなって。入学式で再会したときは、みんなで喜び合いました」。

学友会で企画した、
女子美祭のフィナーレ。

入学後、学友会(※学生有志による自治的な組織。中学・高校における生徒会のようなもの)の存在を知った芝さん。「高校では生徒会で会計の役職に就いていましたが、本当は会長をやりたかったんです」。念願叶い、学友会会長の座に就いたのは2年生の頃。熱意のある学友会の仲間とともに、さまざまな企画を中心になってまとめてきました。
なかでも印象的なのは、女子美祭のラストを飾った芝さん発案の打ち上げ花火。「入学した年の女子美祭では、これといった締めがなかったんです。そこで高校の後夜祭で見た打ち上げ花火を思い出して、これならみんなにも楽しんでもらえるんじゃないかな? と考えたんです」。

会長としての任期は、仲間が助けてくれたからこそ成立したといいます。「学友会は専攻も学年も違うけど、みんなが同期みたいな感覚で居心地がいいんです」。そう芝さんが語る通り、案内してくれた学友会室では仲間との笑顔が溢れ、“ひとつのものを協力して作り上げた”という彼女たち同士の信頼関係が垣間見えました。

興味のある制作方法を
選んで試せる環境。

「さまざまな設備が整う大学の環境を見て、ここでならやったことのないことがいっぱいできそうだなと思いました」。前向きに取り組んできた選択科目での制作は、紙漉き工房での立体オブジェや石彫、木工など、素材も手法も多岐に渡ります。プライベートでは、イラストを描いて友人とコミックマーケットに出展することもあるそう。来年度はいよいよ大学最後の年。今後期待している授業を聞いてみると「うーん……やりたい授業は取りきっちゃったんです」とのこと。

紙漉き工房で行った立体制作

授業や学友会など、忙しい生活のなかで大変なこともあったのでは?と尋ねると「キツいときもありましたが、気合いですね(笑)。学校行事をみんなで盛り上げるのが好きだし、せっかくなら学校生活を楽しんでやりたいなって」。

取材の最後に見せてくれたのは、授業で描いたという一枚の油絵でした。校庭にハンドボールの器具が並ぶ澄んだ風景。「4年になったら、教育実習で母校の中学校に行くんです。教員を目指すきっかけになった先生も、まだぎりぎり在籍していて」。そう笑顔で語る成長した芝さんの姿を、恩師である先生はきっと喜んで迎え入れてくれるのではないでしょうか。

※2019年12月に取材したものです。