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いつもと違うからこそ、
「もっと面白く授業できる!」と思える。

女子美術大学の2020年は、新型コロナウイルスから学生と教職員の健康、安全を第一に考えつつ新しい学びかたを模索するために、さまざまなチャレンジを行った年でした。アート・デザイン表現学科 メディア表現領域の季里教授は全授業オンラインで実施することが決定した4月の状況を、何ができるか、できないのか「いろんな面で手探りからのスタートでした」と振り返りながらも、オンライン授業の準備を進めていくうちに「例年より絶対に面白くなる!」という確信が湧いたと語ります。

メディア表現領域では、1年次でアートやデザインの基礎を学び、2年次以降はアニメーション映像や実写映像の制作、サウンド表現やストーリー表現、WEBデザインやグラフィックデザイン、3DCG、キャラクターデザイン、インタラクティブ表現など、多種多様なジャンルであらゆる最新テクノロジーを使った表現を学びます。「学生は1人1台Macを持っていて、普段からオンラインでデータをやり取りしながら課題を進めていたので、特別な機材を使うような授業以外はスムーズにオンラインへの切り替えができそうでした」。

幅広くさまざまな表現を学ぶため、メディア表現領域のスケジュールは常に忙しめ。「学生はいつも何か描いたり作ったりと熱心です。休み時間に遊んでいるゲームも課題や研究の一環だったりして、遊びも制作も一緒になっているような雰囲気ですね」。
そんな活発な環境で、季里先生は主にキャラクターデザインやコンテンツ制作の演習授業、プロジェクト型の授業を担当しています。1年次でアートとデザインの基礎を学んだ後、2年次には「アート・デザイン表現演習」として地域社会の課題発見と解決をテーマにグループワークを行い、実際の仕事さながらにプレゼンテーションに挑みます。3年次以降は、学外の企業や団体と連携してプロジェクトを行う「プロジェクト&コラボレーション演習」が行われ、メディア表現領域とヒーリング表現領域の学生は、さまざまな産学協同プロジェクトのなかのひとつに参加します。

季里先生は「メディア表現に関わるということは、将来どんなジャンルの仕事をしても必ず自分と違う専門領域の人たちの協力が必要になります。授業を通して自分と違う領域にいる人や、学外の企業・組織と交流を持ち、意見を交換し合い、助け合うことを学ぶのが大切だと考えています」と語ります。

時間と空間を超え、
リモートでコラボして、記録して。

2020年5月、季里先生が担当する2年次のプロジェクト型授業「アート・デザイン表現演習」がスタートしました。これまで大学の外へ出かけたり、学外から講師を招いてきたプロジェクト型の授業を、どのようにオンライン化したのでしょうか。

「アート・デザイン表現演習」では、例年アート・デザイン表現学科4領域200人弱の学生が、3クラス40チームに分かれてグループワークを行ってきました。
「今年度は6クラスそれぞれをアーティストやデザイナー、パフォーマーなどさまざまな専門家の先生が担当し、自身の発想法についての講義はYouTube限定公開であらかじめ準備していたため、ほかのクラスでも自由に見ることができます。学生はチャットへ感想を書き込んだり、ビデオ会議ツールで『いいね!』の代わりになる反応を出して、リアルタイムで参加します」。

学生や先生が迷わないようテレビ番組のようにスケジュールを組んで、サポートを挟みながら授業を進めたそうですが、「クラスごとに模索して、LINEやチャットツールなど使えるものはどんどん導入し、分からないことはお互いに教え合う仕組みを作っていた」と言います。
「みんなに会えないなかで新しい授業を模索して、一緒に生放送を作り上げたという感じです。実際にやってみたらものすごく面白かったし、学生も手応えを感じたようでした」。

さらに進化したのは、3年次の「プロジェクト&コラボレーション演習」です。大手ゲーム企業をコラボレートパートナーに、6週間かけてゲームの研究と企画を発表します。
「例年はカードに書き込んだアイデアを1枚の大きな模造紙に貼って分類し、グループの考えをまとめていく『KJ法』を使ったブレインストーミングを行いますが、『Google Jamboard』という電子ホワイトボードを使えばオンラインでも同じ作業ができます。模造紙のときは写真に撮って共有していましたが、今回は最初からデジタル資料として共有できました。

既存のゲームの研究にも、チーム全員が同じゲームを購入し、同時にプレイしながら会議システムの音声を使ってアイデアを話し合うなど、新しい方法を取り入れたそう。
これまでは、ゲーム会社のプロデューサーやプログラマーの方に大学へ来ていただく機会が限られていましたが、今回はオンラインのメリットを活かし、進捗を丁寧に見ていただきました。学生が熱心なので企業側も真剣にサポートしてくださって。チャットでは一日中質問と回答が飛び交って、プロのゲーム制作現場のようでした」。

オンラインで共有される、ゲーム制作過程のアイデアやコンセプトのメモ

時間と場所を飛び越え、素早く情報をやりとりして、わかりやすく記録を蓄積する。こうしたデジタルの強みを活かせる授業は、これから先もオンラインで続けていくそうです。
「別の授業では、ロサンゼルス在住のゲームクリエイターからオンラインで講演していただく機会も設けられました。自宅にいながら世界中の方々からお話を伺えるという貴重な機会になりました」。

下手くそでラッキーな
コンピューターとの出会い。

季里先生は、コロナ禍以前から「デジタル絵本」のコンテンツ制作とアプリ配信のプロジェクトに携わっていました。「これまでに学生たちが作ってきたデジタル絵本は80タイトル以上あり、世界90カ国で累計20万回ほどダウンロードされています。絵本を出版するのは難しくても、アプリなら世界中へすぐに配信できるので、これもテクノロジーの魅力だと思っていました」。

フランクフルトブックフェアの女子美ブースでのデジタル絵本の紹介

アートとテクノロジーを掛け合わせるビジュアルプロデューサーとして、コンピューターグラフィックス(CG)を用いたアニメーションやキャラクター制作の第一人者として活躍してきた季里先生。実は、CGを学び始めた動機は「絵が下手だからコンピューターに描いてもらおうとしたんです」と苦笑混じりに語ります。

「小学生の頃の担任の先生に憧れたことがきっかけで、将来は学校の先生か、ものを作る人になりたいと思っていました。両方を学べる教育大の美術学科に通ううち、絵が下手くそで立体制作も苦手なことに悩みました。でも先生から『アイデアはいい』と褒められたので、『コンピューターにアイデアを入れたら、ステキな絵が出てくるかな?』と思ったんです。当時は家庭向けのゲーム機がようやく登場したころ。『コンピューター』は箱の中に不思議な楽しい世界があるイメージで、何の知識もありません。それでも在学中に、人の紹介を辿ってCGを研究している大学の工学部から制作協力を得ました」。

工学部の研究室へ飛び込んだ季里先生は、初めてのCGアニメーション制作に取り組むものの「異文化交流、カルチャーショックの連続でした」と語ります。
「例えば、プログラマーに指示を出すには『ちょっと右』ではダメ。指数や関数で示せるように、プログラム言語を知る必要がありました。映像制作の知識がないなりに絵コンテを書いたり、使えるものは全部使って、違う分野の人にイメージを伝えることでいろんな勉強になりました」。

そうして作り上げた作品は、NICOGRAPH '83 CGグランプリ優秀賞を受賞。季里先生は大学卒業後、正式に協力元の研究室へ所属して作品制作を続けました。

CGアニメーション作品《work1》(1983、CRTディスプレイ画面撮影)

バラバラなものが繋がって、
「あっ!」とひらめく瞬間が快感。

「放送局や広告代理店など企業の方が制作のために研究室を訪れるので、お手伝いを通して社会勉強をさせてもらいました。機材の扱い方を覚えたり、事務手続きなどの一般常識を学んだり。そこでTVのアニメーション制作のお話もいただきました」。

TVデビュー作は「メタボール」という3DCG技術で制作された、しりとりの言葉に合わせて、粘土のようなイメージがさまざまな形に変化する不思議なCGアニメーションで、NHKの子ども向け番組「おかあさんといっしょ」で放送されました。子どもの頃の季里先生が「箱の中にある不思議な楽しい世界」を想像して、ワクワクしながら見ていた人形劇「ブーフーウー」を放送していた番組です。

その後も「みんなのうた」など多くのTV番組やビデオゲームの企画制作に携わります。しかし、1995年に初めて『パラダイス*レスキュー』というゲームを発売し、関連の展覧会を開いたときに「お客さんの反応を自分の目で見られたのが、とても嬉しくて印象的でした」とのこと。
「今後個人的な作品を作るなら、絵本など人の心に残るものにしたいです。何かを見てワクワクした気持ちを共有したり、作ったものを見て楽しんでくれる人がいることが嬉しいんです」。

変化し続けるテクノロジーを使って、
誰かを幸せにする作品を生み出す。

多くの人と関わって働き、作品を制作してきた経験から、季里先生は学生から進路相談を受けると「アーティストになるとしても、一度働いてみると楽しいよ」とアドバイスするそう。

「女子美の卒業生の進路は多様で、大学の専攻そのままの職業に就くだけではなく、美容や食など、自分の好きなことと学んだことを掛け合わせて、暮らしにアートを混ぜ込むような働きかたをする人もいます」。

ほかの大学と比べたとき、女子美は「みんなが制作だけでなくオシャレや生活を楽しんでいて、距離感が近くて仲がいい」と言います。
「一番を競い合ったり、争ったりする考えがなく、それぞれが持っている世界を尊重しながら、心から作ることを楽しんでいる人が多いと感じます。お互いの作品をリスペクトしながら自分の作品も大切にするので、コミュニケーションが親密で、講評会はとても盛り上がります」。

教育活動へのこれからの意気込みについて、季里先生はこう語ります。「30年前に教育とコンピューターを結びつける話をしたら『ありえない』と言われていましたし、10年前にオンライン授業の話をしても、実現できないと思われたでしょう。教育もテクノロジーも時代の変化とともに進化して、やっと繋がったと感じます。学生もコミュニティのあり方も変化していきますが、女子美ならではの良さをもっと活かせるように、授業も進化し続けようと思います」。

最後に、これから女子美を目指そうと考えている受験生の皆さんへアドバイスを伺いました。
「大学へ進学するときは、まだやりたいことがハッキリせず、なんとなく好きとかやりたい気持ちがあるだけの人もいます。私は、学んでいくなかで自分の方向性を掴めば良いと考えているので、本当は受験する人みんなに来てほしい気持ちです。その人がどんな面白いことを考えていて、将来どんな人になるのかを想像して面接しています。テクノロジーを自分のものにして、使いこなすことで、グッと伸びそうな人を期待しています」。

今回の取材と撮影も、完全にオンラインで行いました。画面上で資料や動画を見せていただいたり、場所の制限なく参加できたりと、新しい技術の便利さが実感できる時間になりました。「知識とテクノロジーを使いこなすと、自分の感覚や能力が広がります。表現したいことまで10年や100年かかる道のりがぐっと縮まるんです」と語る季里先生のわくわくは、画面越しにもしっかりと伝わってきました。

※2021年2月に取材したものです。