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日本画に触れて、
人生が大きく変わった。

リさんは中国出身の留学生。中学生の頃に美術に興味を持ち、水彩画と水墨画をよく描いていたそうです。
「高校は美術を学べる学校に進学して、美術大学の先生に水彩画を学びながら、3年間ずっと絵を描いて過ごしました」。中国にも長い歴史のなかで培われてきた素晴らしい作品がたくさんありますが、リさんが一番興味を持ったのは日本美術でした。美術雑誌で尾形光琳の『燕子花図屏風』を見て、見えたままの空間の圧力の表現に震撼。その後に見た、同じく琳派の俵屋宗達の『風神雷神図屏風』では、中国伝来の水墨画を日本独自のものに作り変えた作品だと感じたとのこと。
「中国と日本の美術は似ているところもありますが、違う点も多いです。たとえば水墨画。中国は一気に描いて完成させますが、日本は細部まで繊細に描くから2〜3週間くらいかかります。そういった中国にはない考え方や技法が面白いなって」。

そんな彼女が現在取り組んでいるのは、岩絵の具を用いた作品作り。鉱石などを砕いて作られた粒子状の絵の具のことで、日本画には欠かせない伝統的な画材です。「岩絵の具を知ったのは高校生のとき。私が日本美術を好きだと知っている先生が教えてくれました。岩絵の具の魅力は、表現の幅が広いところ。繊細な部分も力強い部分も、思うままに描けます。その分、扱いは難しいんですけれど」。
もともと中国から日本に伝わった岩絵の具ですが、現在、中国ではほとんど用いられていないそう。学ぼうと思っても、中国にはその機会がなかったのです。そこでリさんが選んだのが日本への留学でした。「後押ししてくれたのは、高校の先生です。日本なら岩絵の具で作品を描くことができるから、向こうで学ぶことも考えてみたら?って」。人生が大きく動き出した瞬間でした。

女子美の日々は
想像以上に刺激的。

最初はお母さんに留学を反対されたそうです。でもなんとか説得できたのは、おじいちゃんとおばあちゃんのおかげでした。「『絵が好きなら描けばいい』って言ってくれたんです。母は音楽の先生をやっているから、私にピアノをやらせたかったみたいですけど」。でも、今ではお母さんも心強い味方。リさんが中学生の頃から絵が好きだったことを、誰よりも知っているのはお母さんです。特に好きな水彩画を描き続けてきた経験は、受験でも役に立ちました。「外国人留学生特別選抜という制度を使って女子美を受験したのですが、その試験内容は、水彩画を描く実技と面接。面接官の人に見られながら描くのは恥ずかしかったですけど、得意なことが活かせて嬉しかったです」と当時を振り返ります。

木材の上に岩絵の具で動物を描いた作品
授業内で制作した屏風作品

ところで、女子美を選んだ理由は何だったのでしょう?
「実は受験前、女子美祭に来たことがあるのですが、そのとき、学生一人ひとりの個性が強くて素晴らしい学校だと感じたことがきっかけです。実際に入学してからは、その実感がさらに深まっています。いろんな専攻の人たちの作品を観る機会があるから、刺激的で豊かな学校生活が送れています」。

日本画の魅力を
母国中国にも伝えたい。

物静かな語り口からも伝わってくる通り、勤勉で、少し恥ずかしがり屋なリさん。休日はひとりで動物園へ行くのが好きだそうです。「昔から動物を描くのが好きなんです。人間のモデルは、目が合うのがちょっと恥ずかしくて苦手……」。でもそれは、彼女の観察力が高いからかもしれません。たとえば学部2年の5月に描いた水墨画の作品は、猿の毛の質感を見事に表現しています。何度もチャレンジしながら完成させた力作です。

2年次で制作した水墨画

日本画の知識も技術も、スポンジが水を吸うように自身のなかに取り込んでいくリさん。しかし彼女いわく「まだまだ足りない」といいます。「私の夢は、日本画の魅力を中国に伝えること。岩絵の具や金箔、和紙など、素晴らしい技術を広めたいんです。そのためには大学院までしっかり学んで、中国で大学の先生になりたいと思っています」。2つの国を美術でつなぐ架け橋となる。何か新しい文化が、そこから生まれてくるきっかけになるかもしれません。リさんが歩む道のりは長いですが、その目は未来に対する期待に満ち溢れています。

※2019年12月に取材したものです。